夢で逢いましょう

12



 From : 三好弘
 Subject : 遅くなってごめんね。
 Date : 2016.5.14. 20:05:50:JST
 To : 北澤尚子

 尚子さん、連絡が遅くなってごめんね。
 来月半ば、滞在は数日ながら訪日の予定。追ってまた連絡します。

 営業に勤しむ日々だとのこと、右に同じ。もう明日はホームレスかな、という夢も時々。
 それにしても良く戦って来たな、という思いをつまみに飲むと、意気軒昂・・・醒めると、心細くなることも、正直あり。
 最近、ふとした瞬間、自分の人生の遠い後ろと、遥かな先がすべて見えること、無い?
 僕は、ある。振り返ると新宿御苑に君がいて、黄昏の街が目の前を通過して・・・そして、みんなが見事に、生意気で、そして美しく。
 美しさとは・いったい何か、僕はおそらく・どこかで・大きな勘違いをしてきたような・・・気がする。そう考えた時・突然・怖くなる・よ。
                             弘

 From : 北澤尚子
 Subject : 遠い、遠い後ろ
 Date : 2016.5.15. 20:08:02:JST
 To : 三好弘

 三好くん
 メール、ありがとう。読んだらあの日新宿御苑で、トイレ行きたい! なんて叫んじゃったこと、
「こんなとこの便所入ると、腐るぞ」
 とあなたに脅されたこと、ほんとうに腐りそうなほど汚かったこと等々を、とても、懐かしく思い出しました。もちろん、桜の花はとても綺麗だったことも。あの頃のあなたが、
(自分で自分が頭が良くて、どうしょうもない……)
 というように私には見えていたこと、そんなふうに「男の子をやっていく」って、大変なんだろうなあ、と思ったりしていたことなんかもね。
 ではたぶん、サクランボの実るような頃に。
                            北澤

 5.17.
 今日は朝からの雨、そして北北西の風。こんな天気だとへんな痛みと違和感が痕に出てきて思い出す。そうだった、私、このあたりをずいぶん切ったのだったっけ、と。
 折も折、twitterのタイムラインにはジャンヌ・モローのこんな言葉が流れてくる。
「いつ死が訪れたとしても、早過ぎると感じるのでしょうね。最期の瞬間は、私、人生の小包を荷造りして紐もかけて迎えたいのよ」
 そろそろ荷造りを、ぐらいのことなら私だって思うけど、残る日々に携行する手荷物だしね、こっちのは。それに紐とはね……。奔放とは見えていてもコントロール・フリークだったのか、それとも幾分かはジョークのうちなのか。出典もなんにもないbotだけれど、本からならあの評伝かしら? 記憶には全然ないが、死より性、恋についての発言ばかりを追っていたせいかもしれない。読んだのは恋の季節が──まだ、とはつくにしたって──終わり切ってはいない頃のことだったから。
 泰子さん、従姉の瑛子ちゃんと立て続けに亡くなったのも同じ時期なのではあった。進行の早い癌、そして、漠然とは予期していた自殺。緩やかに吹き続けているようにみえた死の風が、不意に『つむじ風』に変わって体のわきを掠めて通った。そんな気分でいたからこそ余計、ということかもしれない。イザナギ、イザナミの昔から、一時的にしたって死に対抗する力、人を生へと押し戻す力は、性的ナルモノのほかにはない。そうなんじゃない?
「今ではないときのことはね。今思うのはやめたの。そうなったらそのとき考えればいいわ、って」
 再発がわかった直後に彼女が言った、あの方針でしばらくはいく気でもいた。
 しばらくよりは遙かに長い年月がすでに過ぎ去って、私は、泰子さんの親ほどの歳にもうなって、あと一年で父が死んだときの歳さえも越す。なんとまあ……。そして、その年月の後半ときたら! 告知の直後の地震、あの事故。私の住む国は坂を転がり落ちでもするように、というよりは、坂ごともう崩落中みたいなざまで、とてものことに再発がどうとかいうことにまでは気が回らない。たまに、今朝のようにもしかしてと考えたって、ならもう、知ーらない、と歌いつつ、知らない踊りと名付けた踊りを踊り(手の振り、足の振りをつけて、ほんとに踊り)、むしろ安堵に似た気持にもなる。じきに起きそうなややこしい事態からは逃げ切れる。もしかするとねと思ったりして。

 From : 北澤尚子
 Subject : サイト閉鎖につきましてのご連絡
 Date : 2016.5.25. 21:42:14:JST
 Bcc : 運命の猫,毬音,ジェシー,ドク,西野洋子

 期間限定サイト「ラ・カーサ・アズール」は、来月三日を持ちまして閉鎖の運びとなりました。短期間ではございましたが、皆様のご協力とご愛顧に心よりの御礼を申し上げます。
 なお、当サイトでご紹介のレビュー、インタビュー、自伝等の断章はいずれもかなり恣意的な引用の上、すでにお伝えした通り無断での転載。管理人による訳もとても正確とは言い難い代物です。ネット等での再使用に際しましては、各サイトにて原文その他を直にご確認下さいますよう。もしご要望があれば、掲載サイトのURL、または原文テキストをメールに添付してお送りします。ファイル形式のご希望も含め、こちらのアドレス宛にどうぞご一報下さい。
 機会がありましたら、いつかどこかでまた!
           ラ・カーサ・アズール 管理人 北澤尚子

 From : 三好弘
 Subject : 東京物語
 Date : 2016.5.26.11:13:33:JST
 To : 北澤尚子

 尚子さん
 6月12日夜中、羽田到着。16日の深夜に帰国の予定。昼は、どの日でもなんとなく空いています。夜でしたら14日が空きそう。あなたの予定は?
                           三好弘

 From : 北澤尚子
 Subject : Re : 東京物語
 Date : 2016.5.26.20:42:09:JST
 To : 三好弘

 三好君
 どちらかというと14日。でもどちらでも。
                  北澤@早くも真夏日の東京

 From : 三好弘
 Subject : 日時等
 Date : 2016.5.27.8:39:57:JST
 To : 北澤尚子

 14日、OK。宿泊場所は阿佐ヶ谷です。内藤君も呼ぼうか?
                             弘

 From : 北澤尚子
 Subject : もう、十数年ぶりかも
 Date : 016.5.27.10:22:13:JST
 To : 三好弘

 会いたいわー、とお伝え下さいな。
                   北澤@本日も朝から冷房

 From : 三好弘
 Subject : 再び日時等
 Date : 2016.5.27.11:39:57:JST
 To : 北澤尚子

 >会いたいわー、とお伝え下さいな。
 もう伝えた! メンバーは、内藤君と僕、そしてあなた。
 6月14日(火)、6時から9時の見当で阿佐谷の飲み屋。集合場所は内藤君とあなたにおまかせ。
                           三好弘

 From : 北澤尚子
 Subject : はい
 Date : 016.5.27.12:00:08:JST
 To : 三好弘

 了解!
                            北澤

 5.28.
 本日も快晴。温度こそいくらか下ったものの夏日は夏日で、暑さのせいか、やや頭痛気味。加えて、ほかのあちこちも相当バテ気味。
 バテている方はここのところの多忙のツケで、ほぼ週一でのサイトの更新、行き交うメール、やっと来た注文(かなり老いたアビシニアン)等々、もう、怒濤といいたい一月余。え、無聊の時間? ソレハなんのことでしょう、という感じのやや威勢の良過ぎる日々だった。ハイでいる最中にはオーバーワークだともさして思わず、たまの祭とはしゃいではあとでガタがくる。その繰り返し。ある年齢を過ぎたら過去の余熱で生きるのよ、無理は禁物よといつか聞いたが、そういうことか、このバテかたは。

 サイト閉鎖の予告を送ったら、お別れのオフ会を是非、とのメールが立て続けに三通もきた。嬉しいことだけど、果たしてしてうまくいくのかしら。
 それはまあ、ブログをよくよく読んで、まず大丈夫と踏んで連絡をした人たちなのだもの、問題はないのでは、とは思うのだけれども、今一気乗りがしない。するとかしないとか決めること自体が億劫、とりあえずの返信を書くことも億劫。放置しっ放しのポワロでも見て、一日、二日は身も心も休ませなくっては。多少のやつれも色気になる年齢は疾うに過ぎている、その自覚ぐらいはある。人と逢うときにはなるべくいいコンディション。気のせいぐらいにしたってましには見てもらいたいじゃないの? といったって、まさかオフ会の話じゃないが。

 5.29.
 今日は久しぶりの非・夏日。それでいくらかいそいそした気分になって、まだ昼のうちに買い出しに行き、薄切りのイギリスパン、ロースハム、胡瓜、レタス等々を抱えて帰る。
 三時を待って、サンドイッチとポワロでティータイム。お目当てだった『ビッグ・フォー』からまずは見た。設定があまり大仕掛けに過ぎて無理のある話だったが、これは原作自体の難だからいたしかたはない。久しぶりに打ち揃った顔さえ見ればそれでもう十分、みたいな回ではあって、その意味での見せかたなら上々だった。それにしてもまあ、「面々」の老けていたことといったら……。役作りというよりは役者が事実老けたからという印象で、十二年って、こうも長い歳月だったのか?
 映像は相変わらず大変綺麗、景色もセットも綺麗。アンティークっぽい小道具のトイシアターが、喉からもう手が出そうなほど欲しかった。なんなんだろう、この手のものへの私のこの執着は。デパートの屋上遊園地で覗き箱にはまって以来、もうずーっとだ。トイシアター、家や劇場のマケット、立版古、箱のオブジェ。見たい、欲しい、なによりも作りたいとは思うのだけれども、その時間も金もない。昼も夜も義理もなく、というわけにも目下はいかないのだが、そういう話だものね、作り出せば。
 冒頭では(今の私とは、もう近い年のはずの)ミス・レモンの飼猫までミャオー、と甘え声で鳴いたりしてくれるから、ああ、飼いたいわでさらにざわざわ。満点の出来ですとは言えないものの──妙な箇所で心が騒ぎもしたものの、全体としてはやはり優秀なバンドエイドで、見終わる頃にはそれなりにはクール・ダウン。返信ぐらいなら、そろそろ書く余力もあるのではと思いだしているところ。

 6.4.
 モハメド・アリが死んだ。享年七四。デイヴィッド・ボウイもたしか一月に死んで、こっちは六九。長くなじんできたスターが一人、また一人とこうしていなくなる。自殺でも事故でも、稀な、あるいはごく不運な病いによる早世などでもなくて、その人なりの天寿はたぶん全うした上で、と見えることがむしろこたえる。だって、アナタダッテモウジキヨとでも言われているようではないの。
 昔、私はこのボクサーのことがずいぶん好きだった。中でもまだクレイだった頃の、これがヘビー級? と目を瞠るようなステップはいつまで見ていても見飽きなかった。
 大部の自伝を読んだのは、キンシャサでの「奇跡」の数年後。そう大きな声では言えないが、あの自伝を読むまでは、私は、兵役拒否は彼の最盛期のキャリアを失わせただけでなく、文字通りに命のかかったものだった、という程度のことさえよくわかっていなかった。
 少し詳しい追悼の記事を探して確認してみると、兵役拒否は'67年三月、タイトル及びボクサー・ライセンスの剥奪は同年の五月。記事にはアリだけでなく、その擁護者(だとみなされた人)たちにまで多量の苦情、爆破予告の手紙が送られた、メディアの大半はアリへの悪意に満ちた報道を流し続けたともあった。
『血と怒りの河』の試写があったのは同じ年の暮。ヴェトナム戦争への批判者をジョンソンが強く非難した直後のことで、公開は翌年四月。その十日後にあたる五月の三日には、日本からの脱走米兵がモスクワのテレビに出演、パリでは学生たちの大規模なデモが──とつきあわせてみれば、パラマウントが危惧をなにもしないでいたならその方が謎、という状況なのではないか、これは(身を挺してまでこの映画の擁護をする声は上がらなかったか、もう忘れ去られた映画だから記録もないだけなのかは目下は不明)。

 その、忘れ去られた映画のサイトはさきほど閉鎖済み。あらためてのご挨拶、例のオフ会の件の打診を兼ねての連絡もその少し前には送信。ほっとはしたが、これであと一つか二つイベントが済んでしまえば、また無聊の日々かしら、と思ったら、今からややがらんとした気分。時の流れていく音がざわざわとまた耳につきだしそうな気分。

 6.5.
 昼前には雨も上がって、いいデモ日和。それはそれで暑そうねえとはビビりつつ、二時を目処に国会前に行き、やや早めに抜けて出る。参加者は四万との発表。この規模でもメディアは例によって黙殺するだろうこと、その場をいくらかでも離れれば、行き交う人がまだ、平和な日常みたいなものの中にいる気でいそうと見えること。どっちもだけど、どちらかというと、あとの方がシュールに思えて恐ろしい。はたからは、私だってその一部に見えるにしても──似た思いの人たちがじつはそこここにいるのだとしても、ね。
 帰ると、まさかのドクさん(札幌在住)からまで参加を希望、との返信がきていて、これで本決まり。もとが東京の人で、ときどきする上京と合わせられればとのことで、可能な日を確認後、
「十八日か、十九日の夜早め、場所は新宿の駅の近くで検討中。ただし、平日を希望の会員多数の場合は再考」
 とのメールを四ヶ所に宛てて出しておく。西野さんにはまた別途。
 あれやこれやでスイッチオン、みたいな感じにいくらかなって、当日の手土産用にとサントラのCDを編集、続けてパッケージのデザインまで仕上げてしまう。
 メインにした、壊れものにつき用心、という風情のアップを幾度となく眺めているうちに、いないといったらいないようなものかしら、このときいたこの人はと思ってみたり、
「年をとったって変わるのは見た目だけだよ、中身の方は、そう変わってないんだよ」
 どこかで読んだ彼の言葉を思い出してみたり。ことのついでに、こんなことを言ってるからできちゃうのよね、孫に近い歳の人と結婚なんて思ったことも、その数年後、去られたと聞いて、よーしよしとへんに満足を覚えたことも。
 自分ではそう変わった気はしていなくても、人にとっては、少なくともそれなりの年月をともに生きてこなかった相手にとっては、話はそうじゃない。そこのところがわからない? 
 だれに言いたいんだか、みたいなことを妙にむきになって考えながら、CDを焼き、調子に乗ってラベルとジャケットも六部を印刷。あとは裁断を残すばかりというところまできて、カチャリと切れた。スイッチがというよりは、たぶん、バッテリーの方が。

 From : 北澤尚子
 Subject : オフ会の件、その他
 Date : 2016.6.05.21:12:07:JST
 To : 西野洋子

 洋子様
 とり急ぎのお知らせを。
 ほんとうになってしまった例のオフ会、今のところは、今月の十八日(土)か十九日(日)で考えています。メキシコ料理がとくに苦手だという人さえいなければ、サザンテラスのエルトリートで、夜早めからを予定。洒落たファミレス程度の店ですが、駅からは至近だし、なにしろ映画が映画なのだし──ということで。
 あなたと同じ札幌在住の(清田区だというのだけれど、近いの?)ドクさんも参加とのことで、映画館でも見た人がこれでもう一人。あと一人って、こう急ではさすがに無理かしら?
 お返事をお待ちしています。
                            尚子

 From : 北澤尚子
 Subject : Re:Re:オフ会の件、その他
 Date : 2016.6.05 21:40:12:JST
 To : 西野洋子

 洋子様
 了解です。じゃ、なにかメッセージというか、質問でもあったらお知らせくださいな。
 ご質問の件ですが、ドクさんはたぶん団塊世代の男性。あとの三人が女性で、運命の猫さんは五十代半ばか前半、あとの二人は四十代前半、もしかすると四十前後ではと推定。
 あくまで推定なので、会ってみたら外れかも、ではありますが、それでもべつに困らないでしょう。幹事としては、話題はあの映画に終始でと思っていますし、みんなもたぶん、そのつもりなのでしょうし。
                            尚子

追伸 中央区と清田区は「同じ札幌ではない」という件についても、「それは言っちゃだめ」という件についてもまた了解です。でもそんなド田舎なの、そのあたりって。

 6.7.
 きのうに引続きの曇り、ときどき少し雨。気温はさらに下って、春の終りにあと戻りといいたい気候。暁ヲ覚エズとばかりに眠りに眠り、朝遅くにまでかけて、いくつもの夢を見た。
 醒める前には、もうあれきりかと思っていた映画の夢も見た。撃たれたブルーが河を漂うラスト近くのシーンからのわずかなショット──目のすぐ下で、ときどきは上で光りながら揺れる水面、右に、左にと傾く遠い川岸。ほんのそれだけの、夢の欠片のような夢(でもそのわりには例によってへんにリアルな夢)。
 目が醒めかけのしばらくのうちは、死ンデイクノハ三好君ナノデモアッテ、みたいなことをかなり執拗に考えたりしてもいた。三本立て映画を見た夜の夢は全部がごっちゃごちゃ、というあれに近い混線で、前の夢に出てきていた影響なのらしかった。ただし、この思い込みはもう出眠時の妄想の類。
 その前の方の夢は、夜だった、二人で逃げていた、人気のない線路沿いの道と駅をで、逃げているわりには私はなんだか安心し切っていたようだった、少しだけ寝た、ということのほかはもう朧。
 メールの行き来、会う予定等が影響しての久々の登場には違いないだろうが、もろもろの状況からすると、要は、夢の男のシリーズのただの一ヴァージョン。このシリーズはかなり昔からあるメンタル・メンテナンス専用ソフトの類い、自動的にときどき作動して、
(だいじょうぶ、だいじょうぶだからね)
 そう保証をしてくれる脳内の安全装置の類いなのだが、どのヴァージョンの場合も、夢は当のモデルとも、モデルへの私の「現在の思い」みたいなものとも大して関係がない。
 そもそも私の頭の中では、昔の彼とある時期以降の彼とは、そうダイレクトにつながっていない。見た目がずいぶん変わったし、変わる過程を目にしてきていない、というのもあるけれど、なによりもかつてはあった(気がした)壊れやすさのようなものが今は表には見えない。「薄いなにかがわれるよう」な微笑が老優から消えたのと似たこと、もう、そうでないと困るでしょ、みたいなことだろうけど、やっぱりね? 二人とも、昔知っていたあの人のその後、という気が今一してこないのだ。二人ともまだ十分エキセントリックで、まだ眼光炯々でもあって、それはそれで凄いこと、とは思うのだけれども……。
 私が好きだったのは、そこと壊れやすさの気配との、あの絶妙な均衡だったのだもの。そしてとりつく島って、人のやわらかい部分の方に主にあるものなんだもの。

 6.9.
 あの言葉はたしか、『イギリスから来た男』のパンフの中にあったものだったと思い、押入から探し出したらやっぱりそうだった。「年をとったとは感じませんか、と聞かれることが多いが」なんていう話を受けてのもので、もっと正確に写せば、「自分では年をとったとは感じていない。年をとったように見えるだけだ」。あらためて読むと、さらにあとの、「気持は変っていない、人のある部分は時の流れの影響をあまり受けない」みたいな意味の言葉も含めて、前ほどにはそうケッとも思わなかった。2000年の公開とあるから、案外前の映画で、見たのはたしか、公開から数年後。釣り合わない結婚に、なんなんだかねえ、と思ったばかりの頃だから、私がまだいくらかは若かった頃の話だからなんだろう、たぶんね(今だって「見えるだけ」だとは思わないけどね、私は)。

 午後にメールが二通届いて、きたのは新規の猫の注文、そしてかなり点数がありそうな本のイラストの仕事の話。問題はあとの一件で、一応名の通った出版社、インコの飼いかたの本、やや図鑑風のリアルなタッチを希望、というところまではいいのだが、返信への応答まですべてがメールの上に、ギャラについての話が毛ほども出てこない。もう毎度のことながら、なんなんだろう、この業界は──とこれも毎度のことながら、ひどくいらいら、むかむかさせられる。
 言うか聞くかしてよ。そっちからの依頼でしょ、とは思うのだけれども、まわりのだれに聞いても、まあそんなだねえと言う。こっちの名前に商品価値があるとみなしているのでない限り、出入りの業者としか考えてはいないのらしい、今日びの出版社って。
 依頼ははなからメール。顔合わせをするどころか電話一つかけてはよこさない、こっちの意見は聞くつもりがない。上から言われた通りとおぼしい指示を、一方的に送りつけてくる、無論メールで。顔も声も知らない相手とそんな風に仕事していて、そっちだってつまらなくはないの?
(おもしろくもなんともないからね、こっちの方は)
 とは言っても結局受けて、振り込まれた数字を見てから脱力するのかも。いや、また話だけで流れてその連絡さえこなかったりするのかも。もう十数年、その手のことばかりだし──なんて、今から想像してむかむかしてみたってしかたがないのだけれど、十数年分、澱のようにたまってはいるのだ、むかむかが。
 それで、いつもよりも念を入れて台所の床を拭き、居間のカーペットもついでに水拭きして大掃除。終る頃には、まあ、いいかという気分にあらかたなってくる。怒りの発散、攻撃的な感情の発散には料理よりも掃除。絶対掃除。だって消してやる、みたいな作業、それも生きていた痕跡をという感じの作業ではない? 掃除って。

 6.10.
 久々の晴れ、久々の真夏日で、ああ、あの季節にまたなるかと朝からつい身構える。東京の夏の暑さが凶悪化してから、もう何年経つだろう。身を低くして頭の上を過ぎていくのを待つほかは、というようで、もっとずっとましだった昔の夏がしみじみ懐かしい。
 井戸端の、ブリキのバケツの中に浮いていた西瓜、冷やした麦茶の底にとけ残る砂糖。浴衣のリップル地の肌触り、鼻の先にはたかれた天瓜粉の匂い。醒めて以来、そんないろいろが妙に「ありありと」という感じで体の表にまで浮いてきているのは、南の窓から射す夏の陽と、夢にちょっと出てきた父のせい。
 でもどうしてなんだろう? 生きているときには夢には出てこないでいた父が、この数年はたまにこうして顔を出す。出してもいつもとくに筋もなく、ただいたわねえというだけの夢。それでいて、たしかにいた感じだけは妙にリアルで、みたいな夢で、醒めてみるとどうしてかしらと思うほど、ほっとしている。
「ちゃんと、ここに、大事に思いながらいるからね」
 または、
「なにもかもが嘘だったわけじゃないからね」
 そう保証をされたような気持になって──ということは、夢の父もあの装置の別のヴァージョン、たとえば、非・エロティック・ヴァージョンとかその類いのものだからとか?
 そういえば昔は始終出てきていた母は、この十数年もう出てこない。こうも全然だと不公平な気がさすがにしなくもないが、まあしかたない。冷やし西瓜以下、「幸せな記憶の象徴」みたいななにもかもを調えてくれていたのは母だったのだから、その形で出てきてくれればそれでいい。
 ヒトの形をした母はメンテナンスの装置にはどうもなりにくく、少なくとも余力のないときには向かない。

 昼前には猫の件の入金を確認、午後一から作業にとりかかる。メールに添付の五点のうちの二点でいくらか迷って、結局、正面向きの写真を選択、三パターン見本を作成し、どのパターンで、とのメールを四時までには送る。珍しいほど好みのタイプの猫で、大きめの耳、三角っぽい輪郭は相当にタマ似。
(百ヶ日も過ぎたしね……)
 と、つい里親募集のサイトを見てしまい、成猫からならまだ時間はあるのでは、ともしばらくは本気で思ってしまう。独居でこの年齢だと概ね対象外だと判明、憑きものはすとんと落ちたが、はたからすればそんな歳なわけ? と今さらのように驚いたのだもの、人のことを言えた義理ではない。

 From : 三好弘
 Subject : 本日飛びます
 Date : 2016.6.11 08:13:12:JST
 To : 北澤尚子

 尚子さん
 びゅんびゅーん。本日夜の便にて、飛びます・飛びます。
 ──これ古い?
 14日5時半、阿佐谷駅改メ荻窪駅改札の件、OK。
 念のため、現在の住所とそちらの電話番号、あらためてお知らせ下さい
 先日いただいた住所、なぜかどこかに失せてしまいました。そろそろアルツ?
 当方の携帯番号 080-4325-××××(6/12〜18/2016)

 楽しみにしてます。
                           三好弘

 From : 北澤尚子
 Subject : 古いっ!
 Date : 2016.6.11 09:18:13:JST
 To : 三好弘

 アルツかも様
 ではありますが、いいのではないでしょうか? おたがいもう時代物の部類なのだし。
 そちらの携帯番号はすでに登録済み。そして、なぜか毎度消去される私の連絡先は、以下。
 〒164-0008 中野区東中野1丁目××××
 携帯番号 080-3465-××××

 〉楽しみにしてます。
 うん、こっちもね。
                            尚子

 6.13.
 昨夜も今朝も雨、それも、明日の雲行きがちょっと不安になるほどの大雨。
 気圧のせいか、ぎしぎしと体が痛みはするが、そのわりには気分は悪くない。映画の夢のロング・ヴァージョンをいくらか久々に見たし、見たのがまた大好きなところだったのだ。そう、夜が明けて、ジョアンがもう片づいてしまった彼の部屋を見て、という場面からのシークエンスで、出ていったのねと思いながら表をふと見ると、畑にはブルーの影が──というあそこ。
 馬に犁を引かせていることが、牧場にとどまるという答だと知ったジョアン(または、夢の私は)、寝巻に素足のままで外に走り出る。寝巻に素足のままで外に走り出る。踏む青草の葉のへり、葉の上の露、露に溜まる日の光。なにもかもがいつもよりも「ありありと」というように映ること自体、躍る心の表れでとでもいうようで、もう嬉しくて、息もつけない。この先に起きてくるのかも知れない不都合のことも、まして不幸も心には浮かんでこない。ブルーの、
(この先のことはともかくとして)
 と言いたげに見える表情も、愛サレテイルカドウカなどということも今は気にならず、彼に向かって、えいとばかりに手をのばす。体はそばには十分近づき切らず、少し無理な姿勢で握手して、してみたあとで、
(そう、したかったのは、こういうことだったんだ)
 しみじみと思ってしまい、血を十分に吸ったヒルのように満足して夢から落ちて出た。
 え、このシリーズも安全装置? と思ったほど醒めてからもしばらくはいい気分のままでいた。したかったのはまさにこういうことでという方も、夢の外でもで、いつだって、私は恋そのもの以上に好きだった。恋でしかなくなるよりも少しだけ手前の頃の、束の間のあの時間──キスよりも、もちろん抱擁よりも、握手こそが似つかわしくてというような、ああいう時間のあの感じって。
 
 送った見本中、Aパターンでとの返信メールが朝には着いて、午後一から早速とりかかる。三分の一ばかりできたところでティータイム。最近のワンパターンのハム、レタス、胡瓜のサンドイッチで紅茶を一杯、残り物のビスケットでさらに一杯。熱いのを飲みながら、
(内容と対価の確認後に先払いで作業。いいじゃない? じつにシンプルで、安心で)
 わざわざ思うのは、インコの担当からの連絡がまだないせいで、ブン、ブンと頭を振って、あの話は当面忘れることにする。
 そのあとで、着ていく予定のものをあれこれと組み合わせて試着をしてみたが、どれも今一。服がではない、着る私がで、年をとるって、こういうお楽しみがなくなることでもあるのよねと思う。いつもよりも幾分着飾って、なかなかいい女ではと自惚れてみる楽しみ、道行く、同じように思うらしい人の視線を受け止めることの楽しみ。当然のようにあった頃には、あるともとくには感じないでいたそんな楽しみ。
 しかし、ブン、ブンと頭をまた振って、そんなものも忘れることにする。
 さ、仕事、仕事……。

 From : 三好弘
 Subject : 秋に向けてGo!
 Date : 2016.6.15 08.18:43:JST
 To : 北澤尚子

 尚子さん、ごめん、あなたにもずいぶん払わせてしまった。──酔いが回ってか、やはりアルツか、内藤君の深慮だったのか?
 それより、あなた、実に OK だぜ。なにやら、ふっきれて、いくぞ! という姿勢、強く感じました。

 さあ、今年の後半は、北澤尚子さん・成功の秋にしなくちゃ。猫グッズのコラボ等、考えられる企画などもあり。サイトのURLを送ってください。帰ってからゆっくり返信します。
                           三好弘

 From : 北澤尚子
 Subject : なんとかなるかなあ
 Date : 2016.6.15 09:23:12:JST
 To : 三好弘

 三好くん
 ゆうべは楽しい夜でした。懐かしいいい顔触れで、いいお酒で。
 いろいろと、ほんとにありがとう。
 URLを忘れないうちに送ります。こちら。
                            北澤

 From : 北澤尚子
 Subject : Re: なんとかなるかなあ
 Date : 2016.6.15 09:43:21:JST
 To : 三好弘

 なるなる、絶対なる。
 つらくなったら、いつでもメールおくれ。
                             弘

 From : 北澤尚子
 Subject : Re: Re: なんとかなるかなあ
 Date : 2016.6.15 10:05:10:JST
 To : 三好弘

 はーい。
                            北澤

 From : 三好弘
 Subject : Re: Re: Re: なんとかなるかなあ
 Date : 2016.6.15 10:08:12:JST
 To : 北澤尚子

 よし!
                             弘

 6.16.
 ばたっと寝て明けてのきのう。
 そう大して飲んでもいないのに、起きてみれば二日酔い。一日中なんだかバテバテで、仕事らしい仕事もしないで早く寝た。まだ暗いうちに醒めて目覚ましを見たら、四時だったから、残り湯をわかし直して寝直した。今度は寝過ぎ、起きて出たのは十時過ぎ。

 おとといは中野坂上で用を済ませてから荻窪に行き、待ち合わせた改札まで来たら、もう二人が待っていた。といったって、見てわかったのは七年ぶりの三好君だけで、内藤君は、
「わからないねえ、道で会っても」
「ねえ……。おたがいに」
 それもそのはずで、乾杯してから数えてみたら、十八年ぶりだった。その年月がまるでなかったかのような距離のとりかたですぐに話し出す、なんていうのは、
(もちろんよく憶えているからね、あなたのことは)
 そう伝えるためにする、多少はお世辞に似たようなこと、たぶん、おたがいさまのこと。
 その辺の呼吸も含めて、勘もあたまもいい男たちと飲むのって楽でいいもので、いい夜だった。酔いも多少は手伝って、
「今ちょっと、先行きどうして生きられるか見えなくなっちゃってるところ」
 つい正直に言ったら、
「おれは、あなたをホームレスにはさせないよ」
 三好君が真顔になって言い、
「ここは俺が払うから、なんでもとって、気にしないで」
 とかも言うので、まあ、気持の華やぐこと。
 三人にしたのも正解だった。次にどう出てくるかが読みにくく、こっちを読む勘はいい、それもやたらにいい男の相手をするというのは、楽しいけど楽ではない。人の気配を拾ってはあたふたと動きまわって、動かないでいたふりだけはする、なんていう(せこい)たちのこちらにとっては尚更で、話は概ね向こうのペースでしか運ばない。それってやはり、気の張ることなんじゃない?
 ほんとは案外、ヒトとの関わりかたが私以上にのみこめていない人なのではないか、とも思うのだけれども。見られている感じがするというのも──ちゃんとは見えている、みたいなことではあるわけだから──それはそれでさみしくなくっていいのだけれどもね。
 なにをどこまでわかっていてか、あのバカは、
「北澤さんともしも結婚していたら、案外、うまくいったと思わない?」
 真顔に似た顔で言い、内藤君に、
「即破局!」
 間髪を入れずに却下されていた。うん、たぶんそうよ。
 長くも遅くもなった。続きはまたあした。

 6.17.
 とは書いたものの今日は絵の方に専念。やっと上がって、淹れたお茶を飲みながら、
(いい出来よねえ……)
 例によっての自画自讃をついさっきまでしていたところ。モデルがまたほんとうにいい猫、描いていて楽しい猫だったのだ。目力が格別で、そこも含めて、やはりタマ似で。
 それでいて飼いたい気持は描く前ほどには募らないのは、描くことのうちには、所有欲につながる部分がかなりあるからなのかも。昔、三好君をモデルにして描いて(描かなかったが)、心ゆくまで描き上げられたら済む話なのでは、と思ってみたあれも、案外ある程度は当たっていたのかも?
 なんにしてももう今日は店じまい。宅配便を出しに出るついでにビールを買って、『カーテン』でも見たら寝る。初耳の彼のファミリー・ロマンス(?)の話、想像以上に不気味だったものらしい母親の話、その他の話はオフ会のあと、その疲れもとれたあと。

 6月19日
 飲んだら眠たくなって、あの夜には見ずじまい。いろいろ済んだ今日の午後にでもと思っていたら、西野さんから、
「どうだった? オフ会」
 電話があって、斯く斯くでと報告をする。わあ、すごい盛会だったんだ。そうよ、この分だとありそうよ、次も等々。そのあとで、
「ありがとね? 誘ってくれて」
 会にもだけど、あのサイトの方にもと西野さんは言い、このところは淋しくしてたから、ありがたくって、ああいうのがとも言った。
 淋しい、と淋しさが伝わる声でちゃんと言える人はえらい。まどうてください、まどうてください(ⓒツェねずみ)とは響かない声で言える人はなおもっとえらい。そう思いながらえいやとばかり、私だってよ、人恋しくて、淋しいから交じってもらうのよと言った。飼い馴らしたつもりの孤独──へんな、いやな言葉だ──にこっちの方がじつは飼い馴らされていた。そんな気も突然したが、当たりかどうかは知らない。
 お父さんはずいぶん前に、お母さんもおととしに、とは喪中の通知で知っていた。娘さんの結婚もたしか年賀状を読んで知ったが、ロンドンに行ったきりだったとは知らなかった。
「初孫っていったって、スカイプじゃあね。ピンともこなくって」
 ああ、そういうわけでのパソコンデビュー、ネットデビューということね?
(問題ハ、私デハナイノダ……)
 ぷかり、と頭に浮かんだのは本の一節、久しぶりに訪ねてきた娘を前に、
「必要があったから、この子は思い出しただけなのだ、私、というものが生きていることを」
 しょうもないことを思うのも本のヒロイン、テレーズで、私ではない。おとといの三好君、今日の西野さんと続いた結果のただの連想ゲームで──と、まあ思いたいじゃないの? 一人はアメリカへと去って、もう一人と知り合ったまさにその時分に読み耽った本だったんだもの、『夜の終り』は。
 連想のついでのように、三好君の話も少しした。会った話、その話をするうちに唐突にまた頭に浮かんできたもっとずっと前の話。
 どんな人がいるの、今度のクラスにはと聞かれたからではなかったかしら? 写真を見せて母に説明をしたことかあった。この人はほら、うちにも来た伊東さん、こっちが高杉君で、隣が高杉君とすごく仲良しの三好君。この、柚木さんて人とつきあってるの。学校で一番美人だっていう評判の人。ね、ほんとに綺麗でしょ。
 それだけの説明のあとで、母が、
「あなた、物欲しげなことをしたらだめよ」
 いきなりぴしゃりと言った、それを、
「今急に思い出した。へんね……。あのときね? 私、言われたら急に泣きたいみたいになっちゃって。でもそれだってへんよね。全然まだ好きでもなかった頃だもの」
「だって、言わないでしょうに、普通はそんな……」
 当惑気に言いさした、というのも当然で、私は、母とのもっとあとのいきさつについては、じかに母を知る人たちにはほとんど話していなかった。
(なんとまあ、迂闊なことを……)
 あれでちょっとね、エスパーめいたようなところはあったからと言って、ばた、ばたとべつの話にして切った。一人でだけい過ぎると、こういう勘も鈍るものかしら、と思ったら、切ったあとで久々なぐらい落ち込んだ。
 そんなこんなで『カーテン』はまた見ずじまい。

 From : 北澤尚子
 Subject : 多謝×4
 Date : 2016.6.20 21:21:02:JST
 To : 西野洋子

 洋子様
  先夜の電話も、その後のメールもご指摘も、テープ起こしをしてくださるとのお言葉も
「ほんとうに、ありがとう!」
 イベント続きで疲れてて、じつは、まだ手をつけてもいませんでした。大いに助かります。
 それに、そうね、たしかに口でなんか言うよりも聞いてもらう方がよくわかるわね。雰囲気も、それぞれのキャラクターとかも。
 サントラは別途郵送で、ということで、取り急ぎ会の録音だけ圧縮して送ります。ファイルの送信サイトはこちら。録音自体は二時間強ありますが、文字に起こすのはあの映画に関する箇所のみを。無論急ぎませんが、ダウンロードはお早めに。あれはたしか三日程度で消されるはずだから。
                           尚子

追伸 ご質問の件ですが、クラス写真では、三好君は「良く」撮れていました。そしてのちの言動からすると、実物も母の好みには合ったようでした。あなたの推測でたぶん正解よ。数十年間、思いつきもしなかったけど。

 From : 内藤昭弘
 Subject : 画像検索の結果
 Date : 2016.6.20 22:34:02:JST
 To : 北澤尚子
 北澤様
 先夜はどうも。久しぶりに会え、楽しかったです。
 ところで高城仁の写真は見ましたか。あのあとで見た限りでは、どこがどう兄弟かと疑うほど似て見えたかと……。そこまではじゃなくて、全然似ていないよね。あれは結構昔の話で高城仁も容姿が激変か、ぼくが名前を聞き違えたか。
 お袋さんのことといい、彼の人生、なかなかのドラマですな。
 じゃ、また。近々一献参りましょう。
                            内藤

 From : 北澤尚子
 Subject : Re: 画像検索の結果
 Date : 2016.6.20 22:50:01:JST
 To : 内藤昭弘
 内藤様
 作家のタカギジンで間違いはなく、こちらももうチェック済み、えーっ、と絶句済み。昔の顔は私も知りませんけれど、似ていた時期があった気はしませんでした。少なくとも本人に確認をする気になるほどにはね。
 同じ船で引き揚げた、帰国のあとも近所ではあった、お母様の挙動からも疑う余地が──みたいなことなのかしら、あれは。
 それはまあ措いて、楽しいひとときでした。そうね、機会があったらまた飲みましょう。
                            北澤

 6月21日
 私はどうも、ポワロなのらしかった。磨き込まれた机の前にいて、安楽椅子でうとうとしていた。今朝はそんな夢だった。
 ふと目を開けると暖炉の横の棚に虫がいる。半透明のレモンイエローの、五センチほどの虫。アリザリンレーキの色の境界の滲んだ点が体表にいくつかあるが、翅はなく、脚はごくごく細くてやたらに多い。虫は、カマキリにやや似た頭部を右にかしげて、同じ棚板にとまった小虫、シバンムシに似た、二ミリほどの甲虫を見ている。どういうわけか、見られているのはポワロのこの自分なのだというような、落ち着かない気持にだんだんなってくる。
 不意に動いて、虫が小虫を捕捉する。
 ガリ。
 思いがけないほど大きな音を立てて小虫の腹節を、翅鞘を噛み砕くから、左の肩に強い衝撃をおぼえて、ほんとうに目が醒めた。醒めてからもしばらくゼーハー、まさかの狭心症かと思ったほどのゼーハー。それもそのはずで、二の腕ごと左の肩を下にしたままで寝ていた。胎児のように体を縮めて、肘から下は伸ばして、手は強く握って。つまり、死んでベッドにいるポワロと同じ姿勢で。
 寝返りもろくにしないで寝ていて苦しくなってきて、
(左がっていうことは、心臓? なら私はポワロよね)
 醒めかけの脳は考えたということだったのかもしれないが、いやな夢。私には珍しく、悪夢としか言えないような夢。それにしてもなんだ、あの根性の悪そうな虫は。

 そう、ポワロで、『カーテン』でといえば。
 テレビ版での設定上では十年ぶりとなる再会シーンで、老いたポワロは、
「ああ、モナミ、いい年のとりかたをしていますねえ」
 なんて言うのだ。
(あらま……)
 そのセリフの原語は一体、と、字幕を英語に切り替えたら"you have worn well"とあって、辞書を引き引き、あのとき、頭には浮かんでいたわけなのかしら、こんな言葉もと思ったりした。
 ホームへと続く上り階段の上のシーンでの、突然向き直っての、
「いい年のとりかたをしたな、ほんとうに」
 というセリフのあとのやはり不意のハグ、続くごく軽いキス。一連のそんな仕草がごく自然だった程度には、彼はもうあちらの人でもあったのだから。
 それは、四十数年がもう過ぎているのだしね? こっちだってまあ、一々おたおたなどしないほどには十分生き擦れて、
(楽でいいわね、年をとるって。で、恋なんかはしていないのってね)
 頭のどこかでは、そんなことを考えもしていたのだった。
 でもハイライトはやっぱりセリフの方で、大変良くできました、と桜マークのゴム印でも捺された気分(えっへん)。初のハグ以下は、「握手するジョアンとブルー」というよりは、「エールを交換し合う引退も間近の老水夫たち」とかまあ、そういったもの。とてもいい意味で儀礼的なもの。楽ってどうも、ときめきと同じシーズンには咲かない花らしいのだ。たぶん、もっとエロティック、みたいなようなものとも。
 なんて書いていて思い出したけど、逃げるあの夢で「私たち」がいたのも夜の駅だった。程度の差こそあれ、フィジカル・コンタクトは夢の中でもあのときが最初で──ということは、今後気をつけるべきは毒虫か、心臓病か、はたまた水難か?

 From : 三好弘
 Subject : 駒・進めております。
 Date : 2016.6.21 8:27:35:JST
 To : 北澤尚子

 北澤尚子様
 あなたのサイト、拝見。大変、おっしゃれー! ではありますが、今後、ビジネス的には一考の余地ありかと。リニューアルという方向で? 要・検討。
 七月一九日までにはビジネスモデルのデザインを完成、九月一九日・ビジネススタートをと考えています。

 ・知的財産所有権を専門としている弁護士・手配オーケー。
 ・英語翻訳の筋・手配オーケー。
 ・webデザイナー・手配オーケー。

 着々と駒を進めています。
                           三好弘

 From : 三好弘
 Subject : 追伸
 Date : 2016.6.21 8:32:17:JST
 To : 北澤尚子
 添付ファイル1個 : Heart!.jpg 382.4KB

 尚子さん
 がんばるからね。
                             弘

 6月26日
 この三、四日トレース、トレースの日々で、夕べというか、今朝の未明になってなんとか一段落。
 やっと寝て起きて出てみれば、雨もまた一段落らしかった。たまには外食をと思い、散歩かたがたの遠回りの道筋で「四馬路」まで歩き、水餃子、香菜と豆腐干絲の和え物に青島ビールでの午餐。
 分不相応とは思いつつ幸せな気分でいると、テレビから、昨日のインド、ソマリアでのテロのニュースが流れてきて、いやでもまた思い出してしまう。そう、私たちが今いるのはこういう世界。外はあんなで、中はこんなで──食材一つ、安心して買えもせず、うっかり馴染みの飲み屋に行けば"nice people"のヘイト・スピーチがいくらでも耳に、というような。
(水晶の夜がいつあってもそうおかしくはないのじゃないの。たとえば、ここの店にしたってね)
 とも思うのだけれども、とりあえず、この今はと思って食べて飲む。冷静に怯え続け、怒り続けることに耐えるエネルギーは養っとかなくちゃ、いや、明日死んだってさほどくやしくないように生きていなくっちゃと理屈をつけて、ビールを追加。まだ食欲にまでは響いていないのは、恐怖も怒りも形而上のレベルでしか感じられていないから? まずいでしょう、ソレハとは考えながらもほとんど自棄で、上海風枝豆まで追加。
 ギンザ通りを通って帰り、軽くなった財布からプリンター用インクを二色、豆腐、ゴーヤを購入。それにしてもインクの高いこと、減る速度の早いこと、大企業のすることかというぼったくり。

 From : 北澤尚子
 Subject : Re : テープ起こし、上がりました。
 Date : 2016.6.28. 22:32:07:JST
 To : 西野洋子

 洋子様
 メールとファイルをありがとう。そして留守電も。電話をする気でいたのですけど、昼から飲んで少し歩いたら昼寝をし過ぎ、目を通したりいろいろとしているうちに遅くなりました。取り急ぎの言訳と重ねての感謝は以上。万一私も超夜型よ、ということなら返信ででも教えて。深夜割引を待って襲うから。
                            尚子

 7月3日
 梅雨が明けたと思ったら、今度は連日の晴れ。本日はついに猛暑日となって朝から引き籠って過ごす。窓からうかがう街の景色は、四時を回った今でも怖いほどぎらぎら。
 もう買い出しは暮れてからでいい。仕事だってどうせない。いい機会じゃない? というわけでやっと写真に手をつけた。会の翌日にはもうメールで届いていた写真、かなり大量の写真。今のデジカメっていやね、解像度ばかり無駄に高くて、とブーたれつつ適宜修正、トリミングも施して都合十二枚を仕上げ、余勢を駆って、みたいな感じで抄録まで一気にアップした。
 見栄えのチェックかたがた、本文にも目を通すうちに考えた。ジェスが相手でもべつにかまわない、と思っていたのって、結婚とはどういうものかを知らなかったからではないかしら。容姿と知性に共に恵まれ、その自負もある、みたいな娘、でもまだ世間は知らずにいる娘って、案外迂闊にそんな風に考えたりするのではない? たとえばテレーズのように、または、母のようにと。
 あらあらとそれで気がついたのだった。あのタイミングであの出来事を思い出すのって、唐突どころではない、むしろなんの飛躍もない連想じゃない……。『夜の終り』って、テレーズと娘とその恋人の──ある種の、と但し書きはつくにしたって──三角関係の話だもの。
 もう二十年歳がわからないと人のいう顔、目を惹きつける顔立ちの中の、少し短過ぎる鼻。式の当日に限って、人の噂に上るほどに魅力がなく見えたこと、等々。本の中の描写はいつでも母を、おそろしく写りの悪い古い結婚写真を思い出させたものじゃない、そもそも、本を私に薦めたのが母なんじゃない。
(なんとまあ……)
 いつか来るはずの母の死の場面を想像するときだって、私は決まって、
 ──時計の鳴るのだけを聞いています。生涯が終るのを待つています。
 ──夜が終るのを、という意味でしよう?
 ──そうですよ。生涯の終るのを、夜が終るのを。
 本の最後のその会話を目に浮かべていたものだったのだ。小口から焼けたページと、少し古めかしい字体、拗音、促音の区別のない昔の表記とかも込みで。
 おかしなものね? どこかでは疾うに知っている事実を長きにわたって「わからない」でい続ける、脳のというか、心の仕組って。
 かなりの線、母からは逃げおおせたつもりでいたけれど、でもなかったということ? 
 それとも、だとしてももういやだとはそう感じていないって、逆に、大成功ということ?

 From : 北澤尚子
 Subject : オフ会抄録、アップしました
 Date : 2016.7.3. 19:42:14:JST
 Bcc : 運命の猫、毬音、ジェシー、ドク、西野洋子

 お待たせいたしました。先月18日に開催された「ラ・カーサ・アズール」お別れオフ会の抄録、Part1とPart2を一挙にアップです。URLはこちら。ログイン時のパスワードは今回は「I'lldoit(一文字目のみ、大文字)」。
 関東地区のお三方は熱中症とビールの飲み過ぎに、北のお二方は風邪にそれぞれご注意のほどを。
 では、また。
          元管理人・北澤尚子@猛暑の東京で青息吐息

 From :内藤昭弘
 Subject From :内藤昭弘
 Subject : 三好の件
 Date : 2016.7.7 22:34:02:JST
 To : 北澤尚子

 北澤様
 今朝、脳梗塞を起こしたとの知らせが本人からありました。詳しいことはなにもわからないのですが、聞いていましたか。
                            内藤

 
From :北澤尚子
 Subject : Re :三好の件
 Date : 2016.7.7 22:42:14:JST
 To : 内藤昭弘

 今初めて知りました。なんとまあ。メールでのお見舞いぐらいしてもいい状態みたい?

 Subject : Re : Re :三好の件
 Date : 2016.7.7 22:49:32:JST
 To : 北澤尚子

 出せるぐらいだから大丈夫じゃない? ちなみに来たのは携帯メール、二行弱のものでした。参考までに。

 
From :北澤尚子
 Subject : Re : Re : Re :三好の件
 Date : 2016.7.6 22:45:4:02:JST
 To : 内藤昭弘

 内藤様
 了解。ではなるべく短めで、ということで。そして連絡をどうもありがとう。
 なにしろこの暑さです。そちらもお体お大事に。
                            北澤


before< >next












inserted by FC2 system